あと1センチの恋もエ~ガね

わしは…テレビを持ってない。だから「紅白」は観たことがない。年末の「朝青龍を押し出したら1000万円」だってパソコンで観たのだ。

それはともかく、新春の映画DVD観賞は『あと1センチの恋』だ。苦手な恋愛映画なのだ。
西荻窪の居酒屋の…恋愛映画大好きオジサンから薦められて、予備知識なしで観た。監督も俳優も何も知らない。

https://youtu.be/Ssiecig9w60

アレックスの結婚式の日、ロージーはスピーチをしながら回想する。ふたりは6歳のときからの親友だ。
う~ん。出だしから好きになれない。なぜ、恋愛映画が嫌いかといえば…現実で起こり得ることをわざわざ映画で観たくないからだ。
ではなぜ観るかといわれれば、推薦されたからだ。推薦されればどんな映画でも観る。わしは映画という“表現”が好きだから…。

『あと1センチ~』というタイトルは…すぐ傍にいながら遠い。キスしそうでしないというところからきているようだ。
では、プラトニックな恋愛映画かといえばとんでもない。くっついて別れてくっついて別れて、「いいかげんにしろ!」といいたくなる。主人公のロージーに「あとで泣くことになるんだぞ。 誰かを選ぶということは、他の人を選ばないってことだぞ。もっと、考えて行動しろ!」といいたくなった。

でも、そんなふうに思ってしまうというのは…もう、この映画にハマッてるって証拠なのだ。だから、ロージーのお父さんのような気持ちになった。ハラハラドキドキイライラ…。最後は、ロージーよかったね。信じていたよ…と。

調べた。『あと1センチの恋』は2014年のイギリスとドイツの合作映画。監督はクリスチャン・ディッター。主演のロージーにリリー・コリンズ。アレックスにサム・クラフリン。原作はセシリア・アハーンの「love,Rosie」で、邦訳は「愛は虹の向こうに」みたいだ。

とにかく、恋愛映画で新しい年を迎えたのだ。今のわしにはそれもいいか。
目を背けていたものの中にこそ得るものは大きいのかもね。
さあ、朝風呂に入ってスタートしよう。


この季節に奇跡のシンフォニーを聴くもエ~ガね

風の音、水の音、木の葉の囁き、星たちの声…。
音楽が聴こえてくる。世界は音楽が満ち溢れている。
聴こえてくる音楽に少年は返事を書く。音楽という形で…。

『奇跡のシンフォニー』は音楽に導かれて両親に会う話だ。この映画のことを書こう。

https://youtu.be/KYZKrBk8Bz0

2007年のアメリカ映画。音楽の才能を持つエヴァン少年役にフレディ・ハイモア。心の耳によって美しい調べが生み出される。音楽担当はハンス・ジマー。監督はカーステン・シェリダン。原題は「オーガスト・ラッシュ」で、ロビン・ウイリアムズ扮する男が名づけた…いわば少年の芸名だ。

純粋でまっすぐな少年の心。いじらしく感動的。両親役のふたりもいい。綺麗なキレイな映画。
この映画のことを書こうと思ったが、蛇足になりそうなのでこれくらいにしておこう。

たまには短い映画日記もいい。今年も…もうすぐ終わる。

空気、光…。心を開くと、わきおこる調べが聴こえてくる。

世界が子どもたちの笑顔でいっぱいでありますように…!

スターウォーズ 最後のジェダイを観て疲れてもエ~ガね

『スターウォーズ/最後のジェダイ』を観た。ライアン・ジョンソン監督作品。長くて内容がギュッと詰まった忙しい映画だった。
とてもおもしろい凄い映画という印象だが、頭に残っているものはと考えると…焼きポーグだったりする(笑)。いや、ネタばらしはやめておこう。

https://youtu.be/5AiJbpLBst0

ポーグは脇でチョコマカしてる鳥みたいなかわいいキャラ。気に入った。

さて、メインのキャラたちはと思い出すと…それぞれに見せ場があり、もう全編がクライマックスのようだった。
盛りだくさんの大サービス。昔の『SW』を思い出させる場面もたくさんあり、ニンマリさせられる。ただ、誰が主人公? レイじゃなかったの…という気持ちにもなった。

たとえれば…デパートの高級品売り場で商品を観ていたら、右から店員が別の商品を見せる。と思ったら、左からも店員が別の商品を見せる。陳列高級商品がいっぱい。そんな感じだった。
情報がいっぱい詰め込まれていて、理解しきれていないうちにどんどんすごい速さで次へ進んでしまう。同時進行だったりするから頭の中がパンパンになるのだ。感動しているヒマなどない(笑)。せわしない。飽きることなく観たけど疲れた…。2時間半だからね。

1作ごとに監督を分けて競わせる。なるほどねと思う。
今作は7と9をつなぐエピソード8だからこうなるのもわかる。エピソード9をつくりやすいようにするための配慮もあるのかな。でも、もう少しドッシリ落ち着いて絞ってもよかったのでは? 

どこか、説明っぽいスピンオフ的になっているとも感じた。というか、逆にスピンオフの『ローグ・ワン』が堂々と本編ぽくもあった。このあたり、グチャグチャになってきているのかもしれないな。どの監督も負けまいとがんばるだろうしね。

一番気になったのはフォースの扱い。ジェダイ・マスターのルークによるその説明はよかったが、フォースが魔法のようになってしまっていて…あれでは何ができて何ができないかがわからず、釈然としない。魔法と同じで…何でもありで、キツネにつままれた気分になる。もう、何があっても…どんなことができても驚かないだろうな。
「フォースってあんなことまでできるんだ。すごい!」って声もあったから、わしのはマイノリティな意見かもしれないけどね。

ジョージ・ルーカス監督の作品は『アメリカン・グラフィティ』からリアルタイムで観ている。実際に監督している作品は全部ではないが、『SW』は6作で終わって、7話からはスターウォーズと冠した別の映画と考えたほうがいいのかもしれない。そんな気もした。ディズニー映画になったんだしね。キャラみんなに光をあてるというのはディズニーならではという気もする。

ルーカス監督は今作をどう思っているんだろう。ディズニーに映画製作の権利を渡す際、彼は新作のストーリーを用意したという。でも、ディズニー側は独自につくるからとそれを却下した。ということは、ルーカス監督がどう思ってももう関係ない…ということかな。

クラッシック3部作…つまり、後にエピソード4~6に位置づけられた作品が特に好きだった。
レイの瑞々しさもあってエピソード7は好きだったんだけど、今作は何か少し違うと感じたことは否めない…。もしかすると、オールドファンを排除しようとしているのかもしれないな。確か、カイロ・レン…つまりベンのセリフにもそれを感じさせるものがあったからね。

昔の映画は今の映画に比べるとユックリだし、情報量的には半分もないだろう。でも、その分深く考え理解することができた。
『トランスフォーマー 最後の騎士王』などでも感じたことだが、どうしてそこまで情報量がいっぱいでどうしてそこまで忙しいんだろう。深く考えて吟味している時間などない。

今は表面的にサラッとなぞるくらいしかできない。もしかすると“いいね!”をもらって理解し合えたように感じる…今のネット社会に通じるんだろうか。インスタグラムとか…。これはこのごろ、特に思う。

初日初回に『スターウォーズ/最後のジェダイ』を観たものの…日記を書けずにいた。わしだって『SW』をわるく書きたくない。
これはわしだけの意見だろうと思っていたら、阿佐ヶ谷の立呑屋の『SW』大好きお兄さんが似たようなことをいってた。そんなわけで、思い切って書くことにしたのだ。

ま…結局、ウダウダいっても『SW』が凄い映画には違いないし、嫌いにはなれないネコ爺なのだけどね。というわけで、もう一度観るのだ。


彷徨える河をさまようもエ~ガね

とてもおもしろかったのに…タイトルはもちろん、内容までも覚えていない。そんな映画がある。アメリカ映画に多い気がする。何かすごくおもしろかったんだけど…という印象だけが残る。わしの記憶力の問題でもあるけれど(笑)。

そういう意味ではこの映画は反対だ。特別おもしろかったわけではない。なのに、しっかりと記憶にある。まるで、自分の思い出ではないかと感じるほどに…深く心の底に残る。それが『彷徨える河』というモノクロ作品だった。

https://youtu.be/M8V8FWgAdvg

毎月3個の映画日記をノルマにしているが、今回はシーロ・ゲーラ監督によるコロンビア映画『彷徨える河』のことを書いておこう。


おそらく探検家の言葉なのだろう。「私はこの美しいジャングルで正気を失うのか…」みたいな記録文から始まっていた。
舞台は南米のアマゾン。時代はよくわからないが…かなり昔だろう。20世紀の初期か中頃かもしれない。

白人がゴムを求めて乱獲したことは知られる。侵略者に滅ぼされた先住民族の生き残りのコイワノ族のカラマカテ。ほとんど裸だ。彼の元に病のドイツ人民俗学者が小船で運ばれてくる。カラマカテは応急処置の煙を吸わせて、学者を救う。
しかし、ちゃんと治すためには聖なる植物“ヤクルナ”が必要だという。カラマカテが船頭になって、アマゾンを遡上する。“神々の仕事場”という言葉も出てきてたな。

ほとんど裸の老人が出てくる。最初、わしにはよくわからなかったが時が何十年か流れていて…老人はカラマカテの老いた姿だったのだ。ずっとひとりで暮らしていたんだろう。
そこにアメリカ人の植物学者が現れ、「この本に書かれている“ヤクルナ”は本当にあるのか」と聞く。民俗学者の記録がドイツから出版されていたのだ。しかし、老いたカラマカテにはすでに記憶がない。

失われた民族の記憶を求めて、植物学者とカラマカテ老人は再びアマゾンを遡上する。映画はふたつの時代を行ったりきたりしながら進むことになる。

そんな話だった。実際にその地に行ったふたりの冒険家の話がベースになっているようだ。

チュジャチャキという先住民の言葉があった。まがい物という意味だろうか。ジャングルに敬意をはらわない白人のつくった文化などチュジャチャキだということなのかもしれない。

悲しいかな。便利になると人は前には戻れない。技術が進歩して便利になっていく中で、わしらは何を得て…何を失ったのだろう。
交差点での救急車と自家用車の対応を見て、知り合いが「人は死んでもいいから、自分の車が信号ひとつ遅れるのは嫌なんだ」とつぶやいた。これも、得たもの失ったもの…なのかもしれない。

あれからカラマカテはどこに行ったのか。自然界の精霊になっていったのかな。ふと、アイヌ民族や上橋菜穂子の「精霊の守り人」を思い出したりもした。
映画のラストには「悠久の文化をつくった人々に捧ぐ」という言葉もあったな。



実は、わしはこの『彷徨える河』を映画館で観たいと思いながら観逃していた。どうして観たかったかといえば、愛してやまない『フィツカラルド』に通じるものを感じていたからなのだ。


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