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砂の器で作曲してもエ〜ガね

サムラ・カワチノカミと読むのかと思っていました。例の音楽プロデューサーのことです。サムラゴーチまでが苗字だったんですね。

そして、今回の騒動で思い出したのが『砂の器』なのです。原作/松本清張、脚本/橋本忍&山田洋次。監督/野村芳太郎による1974年の作品ですね。
原作の部分を膨らませて、見事な映画にしていました。

http://www.youtube.com/watch?v=xEcAEB5s4lM

迷宮入りしそうな殺人事件を…ベテラン今西と若い吉村というふたりの刑事が追う。被害者が残した東北弁らしき言葉。捜査線上に浮かんでくる天才音楽家…。『砂の器』は必見もののサスペンス映画です。
特筆に値する音楽の扱い方でしたね。そこにかぶさる映像もすばらしかった。後半は映像と音楽だけなのです。この手法は『2001年宇宙の旅』にも通じるものでした。

『砂の器』の主人公は音楽家=ピアニスト(演ずるは加藤剛)で、確か名前は和賀英良といいました。彼は自身の音楽の中で…生きている。思い出の中の風景はどこまでも美しく、そこには父親がいる。その昔、わしは泣きながら観ましたよ。今観ても泣いてしまうでしょう。

自然風景を眺めながら…なぜか、“廃仏毀釈”という明治維新の仏教破壊運動を思い出したりもしました。
明治の新政府が神仏分離によって神道を拠り所にしたことで、脱亜入欧の考えを持つ日本人は仏を捨ててしまったのだという。もしかするとそれは、日本人が日本の心を捨てるという行為だったのかもしれない。
神道はもちろん、仏だって日本人の心の礎なのだ。心の文化なのだ。それによって日本ができていったのではないか。

いやいや、わしが思い出したのはそういうことではありません。
『砂の器』の和賀英良の子どものときの本当の名前は確か…秀夫というのですが、彼には音楽的素養というものがなかった。家には当然、ピアノなんてない。ところが、彼は大きくなってピアニストになり作曲をしている。
彼を追求する今西刑事(演説演技の上手な丹波哲郎)は調査報告の席で「京都の烏丸教授に音楽の天分を見出されて…」とかって軽くいう。
わしはずっと疑問に思っていたのです。そんなことがあり得るだろうかって…。
もっとも、原作小説ではピアノではなく、シンセサイザーなんですけどね。


サムラ・カワチノカミの件ですが、このことを思い出したのです。
『砂の器』と同じく、彼の家にはピアノがなかったらしい。それなのに、絶対音感を頼りに譜面を書くなんてあり得るだろうかって思っていたのです。
彼が…ゴーストライターと呼ばれる実際に作曲する人に渡した「設計図」、わしはそれに興味を持ちました。音楽を絵で表現することは不可能だと思うのですが、図で(見事に?!?)イメージされていたからです。
それにしても、ゴーストライターを訴えるというのは妙な話ですね。
彼はあくまでも芸術家でありたくて、だからこそそれを演出したんでしょう。音楽プロデューサーとしてなら後世に名を残せたでしょうにねぇ。

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