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老眼になってローガンを思うもエ~ガね

『ローガン』のことを書いておこう。X-MENのシリーズは現実性に乏しいということもあって好きというほどではなかったが、それでも…全部観ていると思う。
『ローガン』は枝分かれしたツメ男の“ウルヴァリン”としてのシメククリなんだろう。ジェームス・マンゴールド監督。主演はヒュー・ジャックマン。主役の彼はこのシリーズによって世に出たのだと記憶する。

https://youtu.be/-wQuf3CI_QQ

この種の映画では超能力の限界とかがよくわからない。X-MENのシリーズが何作あったのかもわからないが、最初のブライアン・シンガー監督の『X-MEN』と、この『ローガン』は印象に残る。そこにはミュータントたちの生きるための苦悩があったからだろう。

『X-MEN』で「どうしてウルヴァリンと呼ばれるの?」の問いに「本当はローガンだ」と応えていたから、ローガンが本名なんだろう。ま、コミックが原作だし、よくいわれるガキっぽい映画だったわけだが、今作の『ローガン』は少し異質だ。

ウルヴァリン/ローガンが今作で人間らしく終焉を迎えられたことには胸がつまるが、よかったなとも思う。“まっとうな政治”ならぬまっとうな生き方(死に方)ができて、きっとプロフェッサー(パトリック・スチュアート)も喜んでいることだろう。
販売用の4枚セットにはモノクロのノワール・バージョンもあり、それが美しいらしい。

ミュータントがいなくなった世界。老いたウルヴァリン/ローガン(ヒュー・ジャックマン)は日銭を稼いで生活している。娘かもしれないワイルドな少女ローラ(ダフネ・キーン)が現れ…ローガンは「そうか、親ってこんな感じなんだな」と思いながら…人生を終える。そういう映画だった。ダフネがよかった。世代交代を感じた。ラストの“X”が泣かせる…。


親ということでは最近、思うことがあった。
知り合いの息子さんは絵が好きで、幼いころから描いたものをよくわしに見せてくれていた。手紙もくれてた。
時が流れ…その子も青年になり、今では彼のアニメ作品が業界で評価されているようだ。わしにとっても、こんなうれしいことはない。
ところが、「息子はこんなふうに評価されている。観てやってくれ」と、その知らせはすべて親からなのだ。それが親の喜びだというのはわかる。ただ、わしは…子どものことに親が出てくるというのが苦手だ。好きじゃない。
でも、親はそんなもんなんだろう。子どもはそんなことにかまわず成長していくんだろうな。
本人が直接、知らせてくれていたらどんなにうれしかったか。わしにヘンなこだわりがあるのかもしれないが、そんなことを思った。

こんなわしだから観る映画はSFやファンタジーや歴史ものに偏るのだ。家族を思う気持ち、それがわしに欠落してるのかなぁ。今度、勇気を出して『ファミリー・マン』でも観てみよう。

猿の惑星:聖戦記が50年前につながるもエ~ガね

『猿の惑星:聖戦記』を観た。よかった。感動した。大昔に観た『猿の惑星』につながったからだ。約50年を隔ててつながるなんて…何という映画だろう。

『猿の惑星』のころに読んだマンガが忘れられない。シメキリにあせるマンガ家がいて、そこへ宇宙船に乗って猿が来る。「先生、手伝いましょう。ワク線を引きます。猿のワク線!」というだけのくだらないマンガだったんだけど…(笑)。

『猿の惑星:聖戦記』は『猿の惑星』の前日譚で、『猿の惑星:創世記』『猿の惑星:新世紀』とつづいた新シリーズ3部作のしめくくりだ。監督は前作につづいてマット・リーブス。

https://youtu.be/oMwBUJu8wUw

どうせ、今回は猿と人間の全面戦争だろうと思っていたが、そんなに単純な映画じゃなかった。モーゼを描いた『十戒』を思い出した。
ウディ・ハレルソン扮する大佐が不気味でよかった。でも、猿たちに比べると大佐以外の人間たちの表現がすこし弱い…というか、浅いかもしれないと思ったけどね。

でも、出だしを除いてほとんど猿視点だし、もしかすると…『2001年宇宙の旅』で人間よりもコンピュータHALのほうが人間味があったように、あえて猿たちのほうが人間らしいという表現なのかもしれない。

懐かしい名前が出てきた。コーネリアス? あのジーラとかいった博士の恋人…いや、恋猿の? 
ノバ? あのチャールトン・ヘストン扮するテイラーの相手方のノバの少女時代!? 今作のノバを観て一瞬そう思ったが、時が数千年離れているから…それはありえない。きっと、オリジナルへのオマージュなのだろう。

なぞの美少女のノバは猿ウイルスの影響で口がきけない。その媒介者なのだ。なので表情のみの演技だが、存在感というか…とにかくよかった。どちらかの種族を排除するのではなく、非戦とか共存…の象徴なのだろう。彼女の澄んだ瞳は戦いのない世界を観ていたに違いない。アイア・ミラー? 女優としての成長がたのしみだ。

人間の認知症のために開発された特効薬。その影響で知能が発達したチンパンジーのシーザー。片言の英語しかしゃべれなかったが、今作ではさらに成長して流暢に話す。さらに成長して、人間みたいに復讐心にも燃える。

成長はCGにもいえる。わしはCGが苦手だが、ここまでになると…すごくて、もう何もいえない。
シーザーはCGだが、元はアンディ・サーキスが演じている。『キング・コング』とか『ロード・オブ・ザ・リンク』の“ゴラム”もそうだが、怪獣の中の人だ。とてもよかった。いつかモーション・キャプチャー俳優として評価される日も近いに違いない。特別主演男優賞とかね。

旧作の『猿の惑星』は『続・猿の惑星』『新・猿の惑星』…と5作つくられた。わしは今回の3部作を含めて、すべてリアルタイムで映画館で観ているのだ。ティム・バートン監督のもあったか。

オリジナル1作目の『猿の惑星』を観直してみた。当時はアカデミー賞を取ったメーキャップ。今観たらチャッチイと感じるかと思ったが、よくできたCGみたいに感じた(笑)。不思議だね。



ん? 前に進むってことは過去に戻るってことなのかぁ? まさかね。
ともかく、約50年前の『猿の惑星』と同じ年に公開された『2001年宇宙の旅』からわしの映画狂時代は始まったのだ。50年…ほへ~っじゃのう!! 


日の名残りを想うもエ~ガね

何年ぶりかで登山をした。その翌日がオペラ観賞だった。久しい人にも会った。ひとりは山仲間。ひとりは仕事仲間だ。
山とオペラでわしの心は満たされ豊かになって、なぜかふと…『日の名残り』を思い出した。

https://youtu.be/FVuz8FWyFw0

イギリスのダーリントンホールと呼ばれる大邸宅。いわゆる貴族だろう。そこの執事だったスティーブンスが1930年代ころを回想する。

イギリス人の礼節。使用人と主人。世話する人と世話される人。彼らはわきまえた立場の中に誇りを見出すのか。階級制度は使用人の中にまであるようだ。新聞にアイロンをかける場面が印象深かった。

監督はジェームズ・アイヴォリー。主演は執事のスティーブンス演じるアンソニー・ホプキンスと、女中頭ケントン演じるエマ・トンプソン。それぞれ役者たちの渋い演技がまるで醸造されたワインの味わい。アンソニーが「演技は学ぶものではなく、人前でやるものだ」といったとか…。アンソニー・ホプキンスは噴火しない火山のようだ。

執事が主人に傾倒するように、そのころの主人はドイツに傾倒していたのだろうか。時代的にそうなのかもしれない。
いつまでも義務感は抜けない。それがプロの執事というものだろう。
自分はどうだったのか。自分はあのころ、主人に対してどう思っていたのか。自分の考えを破棄していなかったか。ケントンに対しては? ふたりの間は知的な緊張関係だけだったのか。
スティーブンスは自分を探して自問自答しているようにも見受けられた。自分の心の中への自分探しの旅、みたいな…。

『日の名残り』の原作は「遠い山なみの光」のカズオ・イシグロだ。何年か前の“エ~ガね日記”に書いたが、『わたしを離さないで』は生涯忘れることのできない映画だった。
あの主人公たちも…自分は誰なのかと問い詰めていた。それは原作者自身の問いかけでもあるのだろう。

イギリスでは日本人と呼ばれる。でも、本当にそうだろうかと悩んだに違いない。
言葉を覚えきらない幼いうちに別の言葉の国に移ると…その子のアイデンティティが崩れやすいといわれる。彼はギリギリのところにいたのかもしれない。しかし…だからこそ、カズオ・イシグロという作家が生まれたんだろうと思う。

彼は日本時代にマンガに馴染んだという。もしかして、手塚マンガとの接点はあったのだろうか。ふと…そんなことも思った。

イミテーション・ゲームをするもエ~ガね

水辺に棲む生物の愛称で呼ぶ天才肌の知り合いがいる。彼はときに「常識を疑え!」と叫ぶ。
ふと…この映画のことを思い出した。


エニグマという名前は聞いて知っていた。第二次大戦中、ドイツが使っていた暗号だか暗号機械のことだ。ドイツ軍の攻撃情報は傍受できたが、暗号だったため解読できなかった…くらいのことはわしでも知っていた。

ところが、ひとりの天才によってイギリスはその暗号を解読していた。長い間、それは公開されなかった。
詳しくは知らなかったが、天才アラン・チューリングの解読成功と苦悩を描いた興味深い映画が『イミテーション・ゲーム』だった。サブタイトルを「エニグマと天才数学者の秘密」という。

原作/アンドリュー・ホッジス。脚本/グレアン・ムーア。監督/モルテン・ティルドウム。
主演がベネディクト・カンバーバッチで、キーラ・ナイトレイも出ていた。とにかく、カンバーバッチがいい。適役だったと思う。

https://youtu.be/Lzd7MAd0J5A

イギリス軍は極秘で、エニグマを解読できる人物を探していた。映画はその面接場面から始まる。天才ぶったアランの傲慢な態度に、面接の大佐だかが気分を害する…みたいなシーンがあった。

やがて、極秘の解読チームが組まれる。しかし、アランは傲慢でコミュニケーションすら普通にできない。
ひとり女性スタッフのキーラ・ナイトレイ扮するジョーンがいう。「女が男と一緒に仕事するなら好かれなきゃダメ。嫌われたらやっていけない。アラン、あなたも同じ。あなたが優秀でもエニグマは上。仲間に嫌われたら、協力が必要になっても誰からも助けてもらえないのよ」と…。

天才肌の人は独善的で、嫌われることが平気だったりする。ジョーンはそれを戒めたのだ。もっと人に馴染む努力をしろと…。
普通なら…とかいうセリフも何度か出てきた。普通って何だ!? 人にどう思われるかなんてどうだっていい…と、そんな言葉もあったように思う。

アランは暗号解読マシンをつくる。
「マシンは考えるのか? 人間のように」という問いにアランは答える。「マシンは人間とは違う。マシンが人間のように考えるわけがない。人間とは違うふうに考えるのだ」と…。
アラン・チューリングはそういうことを論文にも書いていたらしい。その論文のタイトルを「イミテーション・ゲーム」という。興味深い。
誰も予想しなかった人物が予想しなかった偉業を成し遂げる。彼のおかげで何百万人もの戦争犠牲者が減ったという…。

万能マシン。電気的頭脳…。それが今日のコンピュータにつながっているのだ。


水辺に棲む生物の愛称で呼ぶ知り合いのことを考えて、ふと…思い出した映画のことを書いてみた。彼の頭上に希望の光が差し込むことを祈りながら…。

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