青幻記 遠い日の母は美しくてもエ〜ガね

夏が通り過ぎた。夏休みの終盤をたのしみにしていた子どもたちがかわいそう。
でも、友人のNさん家族は沖縄に行ったという。Sちゃんには忘れられない夏の思い出ができたことだろう。

忘れられない映画に『青幻記』がある。成島東一郎の監督作品で、確か…一色次郎の原作。「遠い日の母は美しく」がサブタイトルだった。音楽はわしの大好きな武満徹だったと思う。
とはいっても、わしは断片的にしかこの映画を覚えていない。

美しい海辺のシーンが思い浮かぶ。
「ぼく、ここへ来たことある?」「いいえ、ありません」という母と子の会話があったような気がする。母親は着物姿で、少年は学生服で小学校低学年くらい。田村高広扮する主人公が…確か奄美の沖永良部島に行って、亡き母を回想する。“洗骨儀礼”もあったと思う。そんな映画だった。

美しい海辺でのシーンが忘れられない。
のどかな引き潮の海で、母と少年が貝を採ったりしている。母親が体調を崩す。ケガだったのか動けなくなる。潮が満ちてくる。
「あの岸まで走りなさい。辿り着くまで決して振り向いてはなりません」という母の言葉に少年は走る。
そして振り返ると…もう、母親の姿はない。そこにはただ広い海があるだけ…。


わしも母親のことを思い出す。
わしがまだ小学校に行く前、隣町へ豆腐を買いに行ったことがある。初めてのおつかいだ。
その豆腐屋までは細い山道。家も少ない。買うといっても、豆を持って豆腐と交換してもらう、物々交換だった。
豆腐屋の作業がめずらしく、わしは好奇心でじっと見ていた。いつしか夕日が山に沈みかけていた。
豆腐屋は豆腐といっしょに「駄賃だ」とスルメみたいなヘンな物を渡してくれた。
山道は木々の影になり、わしは暗くなりかけた道を我が家へ急いだ。
帰り道、スルメみたいな物をかじってみたら甘かった。
山道の前方の曲がり角…まだ残っている光の中に、母親が立っていた。
その姿は今でもわしの瞼に焼き付いて消えることはない。まさに、遠い日の母は美しく…。
母は心配して迎えに来てくれたのだった。わしはスルメみたいな甘い物を見せた。それは“干し芋”だったのだ。


それにしても、『青幻記』の“青”は海の色だと思うが…それだけの意味だろうか。
もしかすると…魂の色だったのかもしれない。
https://www.youtube.com/watch?v=DfGDda_vxNw


日本のいちばん長い日を考えるもエ〜ガね

国、滅びてはまたと還らず…。8/15を敗戦記念日と呼ばず、終戦記念日という。これだけでも考えさせられる。

今、半藤一利の「日本のいちばん長い日」を読んでいます。原田眞人/脚本・監督による『日本のいちばん長い日』を観たからです。原田眞人とは…『ラストサムライ』で大村という実業家大臣を演じたあの人ですよね。

https://www.youtube.com/watch?v=LxEWiHiiCkk

もちろん…大昔に、橋本忍/脚本、岡本喜八/監督による『日本のいちばん長い日』を観ました。
どちらがわかりやすいかといえば…岡本喜八版かもしれない。というのは、出だしと最後に仲代達矢の声でナレーションが入っていたからです。まるで、ニュース映像を観ているようでした。

https://www.youtube.com/watch?v=KOvR2qk9UC0

新作の原田眞人版はドキュメンタリーみたいでしたが、これだけで観ている若い人はわかるのかなとも思いました。でも、映像として美しい場面もあり、好きですけどね。

ポツダム宣言を日本がどう受諾するか。戦争をどう終結させるか。
2作とも、天皇の声…つまり、玉音放送をラジオで発表するまでが描かれています。

原田眞人版では…決定的な大きな違いがあります。それは天皇が出ていることです。本木雅弘=モックンが天皇を演じています。当時44歳だった…人間天皇です。天皇の内面をここまで表現した映画はなかったでしょう。 あ…いや、そういえばアレクサンドル・ソクーロフ監督の『太陽』がありましたね。

岡本喜八版では天皇は出ていない。いや、画面に出ないように配慮されていました。でも、だからこそ伝わる部分もあったのですけどね。
岡本喜八版にないシーンが原田眞人版にあり、原田眞人版にないシーンが岡本喜八版にありました。ともに重要です。映画としてどちらがよいのかは…わかりません。

人間、平和なときは平和を忘れる。健康なときは健康を忘れるように…。
今、終戦が語られるのは戦後70年ということも当然あるけど、3:11の惨状にその当時を重ねたということもあるかもしれません。

その当時、陸軍は本土決戦を望んだわけです。本土決戦となれば…もう、桜の花は咲かなかったでしょう。その陸軍のトップが阿南(あなみ 天皇はアナンと呼んでいた)陸軍大臣です。旧作では三船敏郎が、新作では役所広司が演じています。

天皇は阿南にいわれる。「アナンよ。辛抱してほしい」と…。そして、天皇は鈴木首相にいわれる。「国民は苦しんでいる。このままでは日本民族は滅びてしまう。私はどうなってもかまわない。どこへでも行く。何でもする。ポツダム宣言を受け入れて戦争を終わらせてほしい」と…。
この鈴木貫太郎首相を…旧作では笠智衆が、新作では山崎努が演じています。

国民に終戦を伝えるための玉音放送だったわけです。日本の終わりであり…始まりです。

しかし、陸軍の青年将校らは納得しない。戦争には勝利か死しかない。たとえ、最後の一兵になろうともアメリカ兵を迎え撃たんと考える。内閣をひっくり返し、軍事政権をと画策する。クーデターです。天皇の声を入れた録音盤を奪取して…戦争をつづけようとする。
純粋で熱い畑中少佐を…旧作では黒沢年男が、新作では松坂桃季が演じています。

陸海軍合わせて240万の戦死者が出たんですね。でも、そのうちの7割近くが餓死だという。それって戦死なんでしょうか。広島や長崎などで亡くなった人を入れれば…300万人以上でしょう。いったい何なんでしょう。戦争って…。
何だったのか。それはわしら日本人、一人ひとりの課題でしょう。

ドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』もありましたね。異質なところでは『キャタピラー』というのもありました。

今更、責任うんぬんを語ってもどうにもならない。ただ、マスコミ(新聞)の煽動力だって大きかっただろうと思う。とはいえ、好戦的な記事を載せると新聞がよく売れたといいますから、戦意を高揚させ、マスコミを煽ったのは国民…という側面がまったくないとはいえないのかもしれません。
日本は戦争の道に突き進んでしまった。一種の集団催眠みたいなものだったんでしょう。

しかし、戦争を始めるのは簡単でも…終わらせるのは簡単じゃない。
首相の補佐的立場で奔走するのが迫水書記官で、旧作では加藤武が、新作では堤真一が演じています。

最終通告のポツダム宣言に対して、日本は軽視の対応をしている。当時の新聞には「笑止」という言葉さえある。それが相手国に「拒否」「戦争継続」として伝わったことが広島の原爆投下につながったのでしょう。あわてた日本側は会議を開き、その会議の最中に長崎にも投下される。さらに、ソ連も参戦してくる。

もう、自分たちで何も決められなくなった首脳部は天皇に“聖断”を求める。それが「このままでは日本民族は滅びてしまう。私はどうなってもかまわない。ポツダム宣言を受け入れて戦争を終わらせるように」となるわけですよ。

日本側はポツダム宣言受諾に際して、“国体護持”の条件をつける。アメリカ側は「この場におよんで条件をつけるのか」と呆れながらも「今の天皇でなくてもいいんだろ。天皇には弟がいる。制度として残してやればいいじゃないか」と考える。日本が存続するか消滅するか…ギリギリだったわけですよね。
こういうあたりのことはアメリカ映画『終戦のエンペラー』も参考になるでしょう。

わしはこれまで、宗教と政治に関することは書かないようにしてきました。語れるだけの知識もないからです。でも、今回は映画の内容が内容だけに深入りしてしまったかもしれません。これくらいにしておきます。ごかんべんください。

あと一言だけいうならば、おそらく…正義の戦争なんてない。日本は過去を直視して、その上で前を向いて平和の道を歩いてほしい。子どもたちの笑い声がいっぱいの未来であってほしい。

戦争は映画の中だけでいい…。以前よりもずっと強く思います。

実は『日本のいちばん長い日』の上映館には若い人が少なかったのです。高齢者が目立ちました。知らないということは怖い。これからの日本をつくる…もっともっと若い人に観てほしいですね。そして、原田眞人版を観たら…是非、DVDで岡本喜八版も観てほしいものです。

原作は2作ともに、15歳で玉音放送を聞き…それを探求してまとめた半藤一利の「日本のいちばん長い日」です。

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