この世界の片隅に居場所を見つけるもエ~ガね

能年怜奈の声が聴きたいという不純(?)な動機で『この世界の片隅に』を観た。発見があった。『マイマイ新子と千年の魔法』という好きだったアニメの片淵須直監督の作品だったのだ。

https://youtu.be/kczb7IJJg0g

『この世界の片隅に』は第二次大戦下の話。広島と呉が舞台。呉は海軍の拠点があった場所だ。
主人公のすずは18歳で呉に嫁いでくる。不器用だが…一生懸命、明るく健気に生きる。過酷な時代を…。それ以上の説明はいらないだろう。

方言は懐かしく温かい。「ありがと」というとき、語尾をあげる。あれは小津映画『東京物語』のお母さんの話し方と同じだ。『東京物語』は尾道から東京の子ども夫婦を尋ねる話だった。

主人公のすずは絵を描く子だ。いつもスケッチしている。
わしにも似たような思い出があった。小学生のとき、図画コンクールの絵を高校生だった兄がアドバイスしてくれるうちにほとんど描いてしまって、それを提出したら評価されてしまい…。「小学生の絵じゃない」という周囲の声に「この子なら描ける」と先生はわしを擁護してくれて…。最後まで真相をいえなかった。

とにかく、絵を描く者の気持ちはよくわかるし、スケッチブックに描いた絵が動き出すなど、『この世界の片隅に』の…そういうところがアニメとして好きだった。
『攻殻機動隊』とか、いわゆるジャパニメーションと呼ばれるタイプの絵ではない。むしろ、地味で古いタイプだろう。劇場でそういう声も聞こえた。でも、その中に新しさと温かさを感じることができた。

当時の生活の町並みや小道具や野菜や草花までも、丁寧につくられている。どこか教科書のようでいて、しっかりとすず目線の物語なのだ。その時代を精一杯生き抜いたすず。生まれてきてくれて…出会ってくれてありがとう。そんな言葉が思い浮かんだ。

のん…こと能年怜奈の声も温かくいじらしく、すずとマッチして生き生きと輝いていた。


君の名は。でシメククるもエ~ガね

友人宅でホームパーティがあった。そこで「泣ける映画はないか」と聞かれた。このごろは涙もろいから何を観ても泣く。昨日も『君の名は。』を観て…泣けた。
今年ラストのエ~ガね日記を書いておこう。

もともと、新海誠監督がひとりでつくった『ほしのこえ』が好きだった。でも、『君の名は。』はキャラクターデザインも作画監督も別の人。彼のみずみずしい感性が薄まるだろうと思っていた。大作だから大味になるだろうと…。
だから、観てなかった。観て…それは杞憂だったと知った。純度は薄まっていない。むしろ、濃くなったのかもしれない。

『ほしのこえ』は内容的にもプライベートアニメだった。『君の名は。』は多くのスタッフでつくっている…にも関わらずプライベートアニメを保っている、とさえ思った。
監督は自らが求める内面の声と、観客が求める外からの声をバランスよく聴いて表現している気がする。

特に、背景の捉え方が好きだ。背景にだって主役がある。光と影とでそれを表現している。当然、実際は美術スタッフの仕事だが、監督の思いが背景に込められているのを感じた。

そもそも、背景という言葉が間違っている。それは人の背後にある風景ではないのだから…。人がその中にいるものだから…。きっと、新海監督も同じように考えているのだろう、と思う。
その捉え方はおそらく、彼の生まれ育った長野県という風土がくれたものだろう。わしも、登山のために何度も長野に行った。だから、その気持ちはよくわかる。わかる気がする。

青春アニメだ。正直、入れ替わりとか…よく考えるとよくわからないところもある。でも、実写ではないので、それほどの違和感はなかった。神木隆之介と上白石萌音の声もよかった。入れ替わったあともね。

わしの父親が神道の人だったこともあり、市原悦子の声の婆ちゃんの話など…共感した。日本人の心を世界の人も理解してくれればいいなと思う。

『君の名は。』には「今の大切な感情がなくなったらどうしよう」という不安がある。それが切ない。ネコ爺…泣けてしまう。
と同時に、「この世界が大好きだ」「世界はこんなにも素晴らしい」という思いが溢れている。『君の名は。』が国民的アニメ作品になった理由は…そこなんだろうとわしは思う。


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