ジュラシック・ワールドに行くもエ~ガね

西の地方が豪雨で大変なことになっている。きょうだいや親戚は大丈夫なようだが…たくさんの人が亡くなった。
連日…暑い。朝から30度ある。熱いという表現のほうがいいくらい。

https://youtu.be/x2Knk5eIHx0

公開初日に『ジュラシック・ワールド 炎の王国』を観た。
ハラハラドキドキ。少しビビッた。おもしろかった。気持ち的に重くなっていたので、気分転換にピッタリだった。3DやIMAXとかで観ればモア・ベターじゃないかな。

スピルバーグ監督の『ジュラシック・パーク』を観たのが25年前。「ホンモノの恐竜だ」と思ったものだった。
そのジュラシック・シリーズの5作目が今度の『ジュラシック・ワールド 炎の王国』で、ワールド3部作でいえば2作目だと思う。“ブルー”という、主人公に懐いているラプトルが出てくるバージョンだ。

いつも人間の過信とか驕りで人間自身がひどい目にあう。1作目では、自然界をレイプする行為だというセリフもあった。今回は火山が絡むものの…いわばそのパターン。今まで観たのが頭の中でゴッチャになってるので、間違ってたらゴカンベン。

1作目を踏襲というか、今作はあえて原点に戻したようなところも随所にあった。
琥珀内のDNAによって、ジュラ紀の恐竜を現代に蘇らせたスピルバーグ監督の1作目『ジュラシック・パーク』。だが、実はCGの場面は決して多くない。というか、CGはまだこれからという開発期だった。CG場面はおそらく数分だったと思う。

この25年でCGはものすごく進歩した。今作を観るとわかる。何でもできる。すごい。
にもかかわらず、おもしろさという点では1作目のほうが上かもしれない。ハッタリというか、そこがスピルバーグの演出のうまさなんだろうな。

わしはフアン・アントニオ・バヨナ監督の『怪物はささやく』というファンタジー映画が好きだった。そのバヨナ監督だから今回の『ジュラシック・ワールド 炎の王国』に期待したのだ。
おもしろかった。たのしめた。わるくない。
それなのに、観終わって…でもねぇと思った。
エンディングロールのあとに1シーンがある。ご注意。そう…。次につづくわけだ。
もしかして、“恐竜の惑星”になるまでつづける? あぁ、何かキリがないって感じ(笑)。 

もちろん、怪獣と恐竜はまったく違うけど、広い意味ではどこか似たようなもんだ。最近…そういう映画が多すぎる気がするなぁ。
あ、わしがそういうのばっかり観てるってことだったりして(笑)。


映画は目が疲れる。目薬をさしたら…お湯になっていた。“炎の日本列島”だ。


スター・ウォーズと決別するもエ~ガね

『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』を観た。監督の交代問題があって、代打に指名されたロン・ハワード監督の作品だ。
不満はない。手堅く…無難にできていた。ただ、少々大味で気持ちが入らなかったせいか大満足というほどでもなかった。

この作品で初めて“スター・ウォーズ”の世界に入った若い人もいるだろう。映画とともにあらんことを…!

https://youtu.be/6nLiT1gBzt0

エピソード8の『最後のジェダイ』を観たとき、「スター・ウォーズを観るのはこれでオシマイにしてもいいな」と思ったものだ。そう思ったのに、公開初日に“ハン・ソロ”を観た。そして、またしてもこれでオシマイにしようかと思ってしまった。

どうしてそう思ったのか、何がそう思わせたのか、自分でもよくわからない。
旧3部作ではつくり手がつくりたくてつくっているという感じで、わしはそこにシンパシーを感じたものだ。でも、ディズニーに移ってから特に今作は合わせてつくらねばならないというか、つくりつづけねばならないという…つくり手のビジネスライクな思いを感じたせいかもしれない。

旧3部作…つまり、エピソード4~6は大好きだった。わしはそれをファンタジーとしてリアルタイムで観た。もともと、旧作の1作目…つまりエピソード4は子ども向けの楽しい映画がなかったからという理由でルーカス監督がつくったものだ。
わしも若かったというか感受性の問題もあるだろうが、本当に心躍らせたのは旧3部作だけかもしれないな。

後になって1~3ができたとき、SFに置き換えようとしているんだなと感じた。エピソード1~6とつづけてみると、ルークではなくダースベイダーが主人公に思えてきて、それもまた新鮮だった。

新鮮といえば、女性を主人公にしたエピソード7の『フォースの覚醒』は新鮮だった。ジブリアニメの影響もあったのかもしれない。

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』ができたとき、「エピソード4でスンナリとうまくいったと思ったものだが、そうか…こういう苦労や犠牲があったんだなぁ」と思わせてくれた。うまいところを映画にした。でも、このときも確か監督問題があったみたい。

で、今回の『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』はというと、旧作の1作目…エピソード4の前の話だ。にしてはハン・ソロが別の人だなぁ。しぐさは似てるけど…。だから気持ちが入らなかったのかもね。
ハン・ソロの名前の由来とか、なるほどと思ったところがあったものの特別にどうというほどには感じなかった。ランドとのやりとりなど想像していたとおりだったし、う~ん、若きハン・ソロを描く必要があったのかな。

もしかすると、企画として難しかったんじゃないかな。
若い客層をつかもうと若い監督に任せて…うまくいかず、結局は慣れた監督に頼む。そこにも通じる難しさを感じた。ロン・ハワード監督もちょっと気の毒。
と、こんなことをいってるようじゃ、この映画を観る資格はないよね。オールド・ファンを切り捨てていかなければ前へ進めないものだろうし…。

最初の脱出や列車強盗とかハデで観ごたえがあった。よくできているとは思う。それは間違いない。日本人が関わったポンコツじゃないファルコン号もよかったし…。
でも、“ハン・ソロ”の中でどこが一番気に入ったかと問われれば、主人公たちではなく、実はL3-37というアシモフの「私はロボット」を思わせる女性型ロボットだったりするのだ。

ラストはどういうこと? つづきがあるんだろうか。でも、わしは観ない。きっと、観ない。多分、観ない。
もしかするとエピソード9も? J.J.エイブラムス監督にはソソられるけど、キリがないじゃないか。老兵(客)は去り行くのみ…。さいなら、さいなら。



映画そのものの話ではないけど…気になるのは熱烈なファンによる出演俳優への誹謗中傷だ。エピソード1~3のジャージャー役やエピソード8のローズ役へのバッシングがあったという。個人攻撃では映画に出た人が気の毒。俳優は監督の指示で演じているわけで、抗議する相手が違うんじゃないかな。

お客さまは神さまだからファンは大事。監督の上にいるプロデューサーに伝えるのがいいのかもね。熱烈なファンの言葉が映画の発展につながれば…モア・ベター。映画とともにあらんことを…!

それでも不満ならば観ることをやめればいいだけのこと。わしはそう思う。


万引き家族に会うもエ~ガね

血は水より濃いのだろうか。本当にそういえるだろうか。幼子を衰弱死させた親がいるという。辛い。かわいそうすぎる。

新宿で『万引き家族』を観た。地味な映画なのに…老若男女で満席。さすがはパルムドール受賞の効果だ。

https://youtu.be/vMP3wysydDs

一見、フツーの家族だ。何がフツーかは知らないけれど…。
ニセモノ家族の中にあるホンモノの家族愛? モタレ愛? 目的はお金のためかもしれないが…奥にそんなものを強く感じた。突き刺さるというより、それがわしの心に静かに舞い降りてきた。
観終わってそんな気分だった。

人生の底辺で寄り添う孤独な魂たち。定収入は老婆の年金だけ。あとは“副業”に頼るしかない。

「いい」とか「わるい」とか、そんな教育的な映画ではない。淡々と彼らの日常を切り取って…ドキュメンタリーのように語りかける寡黙な映画だった。俳優陣も美術も自然で、気負いのようなものは感じなかった。彼らはあたり前のように…家族のようにそこに存在していた。

自然体の演技といえば、『故郷』という映画のときに宇野重吉を観てヨーロッパの審査員だかが「この人はボケた演技なのか。本当にボケているのか」と賞賛したという。『万引き家族』の俳優陣の演技はこの域なんじゃないかな。

家族、それはときに煩わしくも…大切な存在だろう。でも、その絆って何だろう。
あの少年はあそこで何を得て、どんな大人になっていくんだろう。あの女の子は…。

「さあ、ここは感動するところですよ」「泣くところですよ」と教えてくれるようなつくりの映画がある。その親切には興ざめする。
是枝監督は観客を信頼しているのか、そんなヤボなことはしない。観る側に委ねるのだ。感じ方や解釈は人それぞれなのだから。

是枝裕和監督の作品は『幻の光』『誰も知らない』からずっと観てきたが、ブレてないんだなぁと思った。もっとハデな映画を…とか、いわれたに違いない。でも監督は、誰に何をいわれようと自分に対して誠実に映画をつくってきたんだろうな。わしが一番心打たれたのはそこかもしれない。

この映画が評価されたことで、今後の邦画のあり方というか…方向性にも影響を与えるだろうか。


血は水よりも濃い? たかが水、されど水というのが『万引き家族』だったのかな。
血といえば、ふと、『逆噴射家族』を思い出したりもした。あの機長からのイメージで生まれたタイトルってこともあり、二度と観ることができなくなった映画だ。


ギフテッドに涙するもエ~ガね

ガラケーからスマホに替えて3ヶ月。毎日、いろいろなニュースを読んでいる。
自宅のベッドの下で知らない猫が子どもを産んでた…という記事があった。「父親になるとはこういうことか」と、記事の男性は子猫のかわいさにのめり込んでいったようだ。その様子がほほえましくおもしろかった。

さて、映画の話。『ギフテッド』を観た。マーク・ウェブの監督作品。

https://youtu.be/OUcwS7WmUo0

父親の奮闘という点ではスマホの記事に通じるんじゃないかな。
『ギフテッド』にも、7歳のメアリーがかわいがっている隻眼の猫が出ていたし…。

でも、父親と娘の話…かと思ったら、その少女は実は姉の子どもなのだ。姉はナビーエーストークス方程式だかの天才数学者で、メアリーの天性の才能は遺伝によるものらしい。
ギフテッドとは才能という意味だ。

つまり、オジサンと姪の話だが、このメアリー役の子役がすごい。マッケンナ・グレイス? ホントに天才じゃないかと思う。

オジサンのフランク役の俳優、どっかで見たことがあると思ったら『キャプテン・アメリカ』のクリス・エヴァンスじゃないか。独身のフツーのオジサンぶりが自然で、すぐには気づかなかった。驚いた。フランクも自身の父性ぶりに驚いたに違いない。

才能ある孫娘に英才教育をという母親が登場して、フランクと争うことになる。メアリーにとってどうするのが一番の幸せなのか。まぁ、そういう映画だった。感動的だった。

子どもの新しい能力というものは大人には理解できない。そういうものだろう。
一番大切なのは愛する才能? そうなんだろうな。
幼い子どもが亡くなる事件は…辛い。


その昔、結婚しようとしたことがあった。そんなことがあってから、わしは幼い子どもを見るたびに「あのとき結婚してたら…今はこれくらいの子どもがいるんだろうな」と思ったものだった。『ギフテッド』を観て、なぜかそんな…甘くて苦い経験と感動が蘇ってきた。遠い日を思い出させてくれた映画だった。

朝の光が差し込む前に、目覚まし時計のように夢を見る。
川のほとりで彼女が迷子になっていて、わしは探しに行く。今と昔が混在していて、いつも似たような夢だ。迷子になっているのはわしなんだろうか。

前を向いてしなやかに生きていかなくちゃね。


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